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2012年9月13日 (木)

「紅梅姫」

 コンサートの案内は、チケットの売れ行きを心配する時しかブログには載せないのですがcoldsweats01(だって、いちいち面倒くさいもん〜笑今回、「紅梅姫」だけは、宣伝しておこうと思ったら、画像が無い!!(ホールのHP二あると思ったが甘かった)、、、ので、載せるのはまた後ほどにして、とりあえず、今日は、お話だけでも。

 「紅梅」とは八幡西区の東端が陣山で、その西隣の地名です。ともに、元来は藤田の小字でした。
 陣山は、平安時代の藤原純友の乱の際、追捕の源経基の軍が布陣した所といわれています。
 
 八幡西区の
花尾山には、鎌倉時代から戦国時代にかけて四百年ほど続いた 麻生氏の花尾城趾があります。
 麻生氏の十四代城主
重郷は、京都の公家の姫紅梅を側室に迎えました。重郷に心からつくしましたので、新しく「花の御殿」を建造し、姫が喜び そうな品物をそろえたりしました。正妻柏井の方は、心おだやかではありません 。
 そこで腹心と計らって紅梅姫に無実の罪を着せました。重郷は柏井の方の諜略に 乗せられ今まで姫を可愛がっていたぶん、よけいに姫を憎むようになりました。
紅梅姫は御殿を去り、山にこもって暮しました。
 そして満月の夜に、「私は無実ですどうぞ私のこの恨みをお晴らしくださいと」、自らのどを刺して、 息絶えてしまいました。
 「花の御殿」は紅梅姫が去ったあと、重郷の娘八重が住んで おりました。そしてここに住むようになってから病に伏すことが多くなりました。
ある日、母の柏井の方が見舞いに訪れると、八重は突然母を引き倒し、 馬乗りになると「私は紅梅じゃ。お前は私に無実の罪をきせた。この恨み、 今こそ晴らしてくれる。」と叫び小刀で切りかかりました。
 柏井の方は 苦しみながら死んでしまいました。その後も次々と柏井の方に手を貸した家来は 、 気が狂い悲惨な死を遂げました。いずれの時も頭上高く馬のひづめの音が響き、 月明りの中に馬を駆る紅梅姫の姿を見たということでした。
 重郷は紅梅の無実を知ると、たいそう後悔し、地蔵をまつって紅梅姫の霊を慰め ました。その後は花尾城での不幸な事件は後を絶ったといわれています。

 という伝説が残っていて、それをもとにした、オペラ仕立ての演奏会をします!
この伝説、地元の人たちには、けっこう有名な話だそうですよ。
私は、元宮崎県人だから、知らなかったけど。

 自分で言うのもなんですが、面白そうです。ちなみに、お話は、紅梅姫が亡くなって、重郷が嘆き悲しむ所までだったはず。、、ここまでだと、紅梅姫、かわいそ〜!って思えるんだけどね。
 実は、続きの話があったのを知ったのは、最近の話w。

 でも、どっちかというと、その先の、柏井がたたられて死んじゃう所まで、あったら韓国ドラマみたいに、ドロドロでもっと見応えがあったかも!?。。でも作曲者がそこまでは曲を作ってないはずだから(たぶん)出来ないんだけどねw。

 興味のある方、是非、黒崎の歴史を音楽とともに味わってみませんか!?

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